さぽろぐ

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 › 北の旅烏のひとりごと。 › 2018年08月

2018年08月28日

無題。

タイトルに無題と書くのもなんですが、ほじくる話題が皆無状態。どう
でもいい、みかんゼリーのアップを載せてみました・・・。(^^;)

食べたくても躊躇してしまうほど野菜類の値段の高さが治まりませんね。
この高止まりの性でつい買う手が止まる程です。だからスーパなどでは
野菜を小分けにして値段を低く抑えた品が増えています。これはこれで
大助かりなのですが一つの単価でみたら結構お高い値段でして、玉ねぎ
なども一個100円近くしています。以前なら買わないのですが調理に
必要不可欠と泣く泣く?カートに入れています。この感覚がやがて麻痺
して当たり前になるのがもっと怖いのです。
暇でやることがなくなると以前作っていたジオラマの追加細工を始めて
います。何かについてきたクッション材で小山を作りその上に何を建て
ようか思案中。でも、ごちゃごちゃしすぎと元の場所に戻したり、また
引っ張り出したり。やっぱりジオラマは冬に限るのかもしれません。
二年近く乗っていない自転車。隠れ家に持ってきて時々油をさしていま
すが果たして乗る日が来るのか、はなはだ疑問系。身体の具合は良いの
ですが乗る意欲が下降線をたどっています。徒歩散歩も今では途切れて
怠惰生活の真っ只中。日常の生活に刺激を与えなければボケが進行する
と分かっていても、肝心の気力がどこに行ったんだろう的にみつからん
のです。ああ!色即是空。ぼやき節炸裂...な〜んちゃって。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 08:16Comments(4)雑記。

2018年08月22日

雷鳴。

すぐそばで恐怖の稲光が頻発する朝を迎えた・・・。

怖いですね雷の閃光と激しい音。そして降りしきる雨足。思い出すのは
子供の頃。ひとり留守番の日に限って雷が鳴り響いていた。今のように
避雷針などというものは無く、背の高い建物も街中にしかなかった時代。
降りしきる窓外をぼんやりと見つめながら早く帰ってきてと願っていた。
だけど稲光は容赦しない。これでも喰らえといわんばかりに攻め立てる。
この世の終わりを告げるような恐怖に膝を抱え小さくなって怯えていた。
やがて雷鳴が遠くにいき始めると先ほどまでの凄まじい雨足もしだいに
弱まってくる。もう大丈夫かな?と窓を開け、むっと湿った空気に一息
ついていたものだ。紫陽花の葉の裏に避難していたでんでん虫もきっと
怖かったことだろう。やがて夕刻が迫り、辺りが暗くなり始めた頃まで
ひとりぼっちが続いていた。夕食の団欒ではこの日の凄まじい雷の話で
おおいに盛り上がった。「お前ひとりで泣いていたんじゃないの?」と
いじわるそうに兄が言う。「そんなことない。絶対ない」と意地っ張り
精神で対抗するも「涙の跡が付いているよ...」と横から妹に言われると
黙るしかなかった。ブラウン管のテレビで見たディズニーの白黒アニメ。
お風呂の時間が来るとお前が先だ、いや俺じゃないとまたひと騒動持ち
上がっていた。懐かしくもあり、ほろ苦い記憶が蘇ってくる・・・。  


Posted by 北の旅烏 at 08:33Comments(6)追憶。雑記。

2018年08月17日

肌寒。

気温が急激に下がり、迷わず長袖シャツを着込んだ・・・。

寝苦しかった日が続いていた北国だったが、昨日の最高気温は20度に
届かなかった。この急激な気温変化に体が怯えている。ここ最近外出も
近場の同じ道しか歩かなくなった。夏になると農試公園や北大構内へと
出かけていたのに。行こうと決めても、曇り空とか面倒臭いが先に立ち
出不精三昧。今だけしか見れない草や木がやがて枯れ始めてくることだ
ろう。嗚呼絶句な〜んて言っている場合じゃないよね。雪が降ってきて
から後悔懺悔してみたところで季節が逆転するでもなし。曇り空だから
こそ見栄えする何かがあるはず。そう思わなくちゃ〜やってられんのよ。
傘をさしてまで行きたくないがひょっとしたらアリやでんでん虫くんに
会えるかもしれない・・・。
子供たちの夏休みもそろそろ終わる。小学生だった時なにが嫌だったか
といえば二学期の気の遠くなるような長がい日々。今度の休みの冬休み
まで4ヶ月もあるんだもん。ため息つきながら机に突っ伏し、始業式を
迎えていたものだ。ただ友だちと遊べる楽しさがあったので数日後には
けろっと忘れることができた。当時は木造だった小学校。二階角の音楽
教室が5・6年生の時の教室だった。この頃は変声期前で2オクターブ
以上の高音がいとも簡単に出ていた。だから人前で歌うのはへっちゃら
だった。雪が積もるとクラス対抗の雪像作りがあった。我々のクラスは
確かお相撲さんを作っていたように思う。当時、巨人・大鵬・卵焼きが
世間に知れ渡ったころだ。今でもあれこれ思い出すことができる。  


Posted by 北の旅烏 at 10:30Comments(5)追憶。雑記。

2018年08月13日

未練。

捨てるに捨てられずのおもちゃ・・・。

箱の中から取り出してこれらを手にすると、当時のあれこれが懐かしく
思い出されてまた元あった場所に仕舞い込むのが常だ。紙や段ボールで
作ったジオラマだって捨ててしまうと、作っていた時間が無駄に思えて
悲しくなるのだ。でも置く場所がこれ以上狭くなるのも痛し痒し。いつ
の日か全てまとめて廃棄の日が遠からずくるだろう。昭和生まれの旅烏。
ものを大切にする性分の他に優柔不断も付いて回るのだ。それにしても
壁と言わず棚や机の上はモノであふれている。洋ダンスの扉にも磁石を
貼り付け小物をひっつき虫にしているし。ただあれもこれも無くなった
自室の淋しさを思うと、うん、きっぱりできやしないのだ。(^^;)

そうそうブログのカウンター数字が20万回を超えました。よく続いた
ものだと感慨にふけるばかり。これも拙い旅烏のブログに訪問してくだ
さる皆様がいてこそだと改めて感謝するばかりです。これからも元気印
満載で突き進みたい...とそう思っています。(^^)
  


Posted by 北の旅烏 at 07:20Comments(4)雑記。

2018年08月08日

剪定。

昨日、リンゴの木の枝をばっさり切り落とした・・・。
伸びすぎたか細い幹は扇風機の風に当たると左右に揺れて隣りの柚子の
木にぶつかり、なんとも心もとないのだ。庭があれば植え替えるのだが
生憎それは叶わずの我が家。ここまで成長してくれていたのにと不憫に
思ったが、決断するしかなかった。リンゴの木の葉はほとんど無くなり
寂しいかぎり。この先、観賞に耐えれるのか心配になる程でして。果た
して切って良かったのか。う〜ん。(^^;)

上の写真は切り取った後の葉っぱ。このまま捨てるには惜しく、空いた
ビンに入れて楽しむことにした。いつまで緑を保つのか心もとないけど
せめて毎日水を入れ替えようと思っています。食べた果物から出てきた
種を育てるのが旅烏の流儀。ただしカボチャやブドウのようにツル科の
植物は適さない。以前メロンから出てきたツルが四方に伸び過ぎ速攻で
破棄したことがあった。置くには狭い窓際しかない我が家では、適度に
上へ伸びる緑の葉が欲しいのです。勝手&わがままし放題と言われても、
雪で閉ざされた冬季間の目の保養にと思っているのですね。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 09:21Comments(2)趣味。雑記。

2018年08月03日

過去。

時折風が吹き、北国らしい爽やかな夏になった・・・。
昨日、メモ書きが満杯になる前にと買い物に出かけた。寄り道をせずに
歩き通す。乾いた空気が肌に心地よい。だけど直射日光を受け続けると
肌がピリピリしてくる。そんな時決まって思い出すはの遠い過去。肩に
黒のテープを貼って日焼け跡をあえて作ったことが何度かあった。今に
して思えばやんちゃ坊主の王道をいっていた気がする。この歳になって
また同じことをしようとは思わないけど、妙にくすぐられるのだ。face03

まず先に銀行へ寄り財布の中身を満たしてから目的地へ向かう。だけど
散策路を外れて日陰のない歩道が続き早足にならざろう得ない。青空に
映える白い雲に見とれている場合じゃないのだ。やがて小学校が見えて
きた。子供の歓声が聞こえると思っていたが、やけに静まり返っている。
ああ〜そうか今は夏休みだった。旅烏の子供の頃は外で遊ぶのが常道で
夕暮れが迫っても誰一人帰るとは言わなかった。今の時代のように家で
遊ぶゲームやパソコンなんか無かった時代。竹の棒でチャンバラしたり
探検ごっこと称して神社に潜り込んだり。その内しびれを切らした親御
さん達の「帰っておいで」と呼ぶ声があちこちから聞こえてきたものだ。
この朽ちかけた百葉箱を見ると、時代の変貌を見て取れる気がする。  


Posted by 北の旅烏 at 08:19Comments(2)徒歩散歩。