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2017年04月04日

昔々。

久し振りに手にした純銀製のジッポーのライター・・・。

このライターはその昔カミさんからもらったもの。使わなくなってから
随分時が過ぎた。まだ残っていた当時のオイルを注ぎ火をつけると問題
なく着火した。ほのかに揺らぐ火の明かり。ライターの炎を見ていると
当時の情景が蘇ってくる。娘が生まれる前と思っていたが、カミさんが
言うには付き合っていた頃だと言う。当時旅烏が使っていたジッポーは
ステンレス製のそれ。見た目には似ているが手に持った重さが半端なく、
ふたを閉めた時の音にも違いがあった。そしてなによりも純銀製という
ステータス感に誇りすら感じたものだ。ジーパンのポケットに常駐させ
仕事にひと区切りがついた時タバコに火をつける至福のひと時。釣りに
出かけ、山河の景色を見ながら一息ついたその昔。ああ!次から次へと
記憶が蘇ってくる。セピア調にくすんだ断片であってもこれを手にした
若かりし頃の(円熟期?だから若くないかも...^^;)記憶の切れ端が
つながり始めたのである。小道具と粗末にしてはいけないな、と改めて
思った昨日の一コマ。きれいに磨いて元あったケースに入れた。

今使っているライターは、タバコをカートンで買うとお店からもらえる
使い捨てのそれ。溜まりにたまって捨てるに捨てられずのどうでもいい
代物だけど、オイルをその都度入れる手間が省けるので重宝はしている。
現代社会は手間を省く世の中に突き進んでいますね。人工頭脳を持った
ロボット開発や、省エネのLEDライトなど。利点がありそれはそれで
良いのだけれど、たまには不便に身をまかせることを忘れたらいけない
気がします。白熱電球に温かみを感じたり。焚き火に手をかざしてその
温もりを感じたり。揺らぐ焚き火を見ながら酒を酌み交わしたキャンプ
シーンが懐かしく思い出されます。ライターの炎を見ているとあの頃の
自分に戻れた気がしてきます・・・。
もう一つのライターは誰にもらったか忘れた古いもの。ライターの側面
にはアメリカの1セント硬貨がついています。これも汚れを取り大切に
保管しています。


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Posted by 北の旅烏 at 08:03│Comments(2)追憶。
この記事へのコメント
むかし、むかし喫茶店のお客さんが、
ジッポーのライターで煙草に火をつけた後の
オイルの香りをおもいだしますね。
「昭和」大好きですね・・・・
今、読んでいる本で「現代社会は便利という名の
もとに、本来自分でしなければことを放棄している来たのでないでしょうか」とあります。
機械に頼りすぎが心配です。
Posted by サンダーソニアMサンダーソニアM at 2017年04月06日 17:49
☆おはよう、サンダーソニアMさん。(^^)
>機械に頼り過ぎ・・・
旅烏も同感です。子供の頃は無いのが当たり前の時代。だから自分で
工夫し遊んでいました。ゴム動力の飛行機が大好きで、作っては改良
工夫をしていました。エンジンを搭載したUコン機を手に入れたのは
確か中学生の頃。本当はラジコン機が欲しかったのですが高くて手が
出ませんでした。当時狸小路4丁目?にあった「中川ライター店」は
私にとって宝の山でした。(^^;)
便利を享受すること事態悪いことではないのですが、体と頭を使って
工夫することで身につく確かさは大人になっても覚えているものです。
寺山修司氏が言っていた「書を捨て、町に出よう」が思い出されます。
Posted by 北の旅烏北の旅烏 at 2017年04月07日 07:57
 
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