さぽろぐ

  日記・一般  |  札幌市北区

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 › 北の旅烏のひとりごと。 › 追憶。

2020年08月20日

山河。

保存してあった写真に懐かしさを覚える風景が出てきた・・・。

当時は渓流釣りによく行っていた。雪が消える頃、旅烏の方から釣行の
催促を何度となくしてた。そして夕食を終えると自室で釣りアイテムを
引っ張り出しては点検&整備に明け暮れていた。だが釣り竿はここ数年
ケースに入れたままでホコリをかぶっている。だからまた行きたいか?
と言えばう〜んになってしまうのだ。つい面倒臭いが先に立ち、以前の
ような感慨はどこかへ消えてしまったみたい。先日久しぶりに兄と会う
機会があったが釣りの話はしなかった。山河に分け入り新緑に包まれた
空気のやさしさは日頃の気分転換には最高なのにね。ここは気力を振り
絞って「釣りに行きたい...」と電話してみようか。9月になると紅葉の
季節を迎える。釣れても小さなヤマメちゃんか、すっからかんのボウズ
でも構いわしないのだから・・・。(^^;)
  


Posted by 北の旅烏 at 07:16Comments(2)追憶。

2020年07月16日

好き。

スーパーのチラシに値段が安いバナナがあるとつい手が伸びる旅烏。

今でも思い出すのは子供の頃、熱を出して寝込んでいた時に母が買って
きてくれたバナナ。甘い香りが食感を通して身体中に染み渡るのを感じ
ながら一気に食べていた。この時ばかりは私には2本食べる権利があり、
熱を出すのもまんざらじゃないと笑顔になっていたように思う。
小学一年生の三学期の頃だったか、街中の木造の家から真新しい官舎に
引っ越して緊張しながら新しい学校へ通うことになる。学校が豊平川が
すぐ側にあり、放課後は川遊びに夢中になっていた。そして石に興味を
覚えたのもこの頃だ。きれいな石を拾い集めては家に持ち帰ると宝物と
して優越感に浸っていた。ある時石を割っていると葉っぱの模様が出て
きた。そうかこれが化石というものなのかと有頂天になった。それ以来
きれいな石だけじゃ飽き足らず、化石探しに夢中になった。だけど見つ
けたのはこれ一つだけ。まちがっても恐竜の化石など見つかる訳がない。
やがて飽きて川へ行く機会が少なくなった。自転車逃避行をしている時
川辺りで休んでいるとふと思い出す幼き頃の記憶。当時を思い出しては
クスッと笑う旅烏がいるのです・・・。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 08:09Comments(0)追憶。郷愁。

2020年04月23日

時計。

置物に変貌した過去の遺産・・・?。

いつ頃から使い始めたのか思い出せないほど古い目覚まし時計。記憶を
たどっても脳に定着するどころか右往左往するばかりだ。これを買った
覚えは無いのだけれど、いつ誰からもらったのか思い出せない。これに
触れるのは電池を入れ替える時だけ。前にも書いたが自室にはあと二つ
時計がある。一つは圧力計を改造したそれ。もう一つは自転車逃避行で
使う距離計。これらが無くても時間を知るにはテレビで事足りるのにね。
まっ、そうは言っても古ければ古いほど愛着が湧くというもの。といい
つつ、黄ばんだ姿が哀れで時々磨いている。ミッキーマウスはいたずら
心で付けた。手を加えると愛着が湧くので今日まで生きながらえてきた
とも言える。この時計がお払い箱になる日が近いかもしれない。
そういえば腕時計をしなくなったのはいつ頃だったか。こちらも記憶の
彼方で思い出せない。過去の記憶がどんどん消えていく淋しさが増える
今日この頃...な〜んちゃって。なに言ってるんだか旅烏は。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 06:40Comments(0)追憶。

2020年03月14日

記憶。

4年前の3月に実家でもらい受けたお皿・・・。
母の形見分けのこの日から実家へ行くことがなくなり足が遠のいている。

その昔北海道神宮近くのアパートに引っ越したのが二十歳過ぎ。当時は
仕事に追われるハードな日々を繰り返していた。深夜帰宅して明かりを
つけた部屋に一人でいる寂しさを実感したのもこの頃だ。うさ晴らしに
ウィスキーを飲んで寝るだけの日々。給料が出ると我先にとススキノへ
繰り出してはへべれけに酔っ払っていた。懐が寂しくなると帰りのタク
シー代がもったいないからと歩いて帰ったりしていた。それでも懲りず
連日飲み歩いていたのであっというまに財布が底をつく。最後の頼みと
実家の母に電話を入れてはおねだりしていたのもこの頃だ。いい加減に
しなさい...と文句を言われながら口座に振り込まれたお金をススキノで
ばらまく悪循環が続いていた。自室に飾っているこの皿はを見ていると
あの頃の旅烏の体たらくが蘇ってくる。ほろ苦さと懐かしさを伴って。
小磯良平の描いた皿は3枚あった。気に入ったこれをもらい受けたけど
他のにした方がよかったのかしらん・・・。な〜んてね。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 07:39Comments(0)追憶。

2020年02月07日

時代。

昨日の雪に茫然自失の旅烏・・・。

まるで帳尻合わせのように一夜にして降り積もった雪。はてさてどこに
雪を投げていいものやら...と文句が出で始めた。だけどやるべきことを
済ませた方が気持ちが落ち着く。そう自分に言い聞かせ除雪作業を開始。
お隣さんに迷惑にならないよう雪山を作っていく。疲れが出始めたころ
背丈ほどの雪山が目の前に出来上がった。屋根も路面も真っ白。これが
真っ当な北国の冬と改めて思い知る。だけどドカ雪は欲しくない。
この日の新雪を見ていたら小学生の頃のスキー学習が懐かしく思い浮か
んだ。当時重たいスキーを担いで登校する難儀さはあったが晴れた日に
外で遊べると小躍りしたものだ。校舎の裏手の堤防でスキー授業をする
のだが、段差のある急斜面を下りるには恐怖があった。それでもすぐに
慣れ授業というより遊べる楽しさに夢中になっていた。授業が終わると
お昼の給食が待っている。真っ赤に燃えたダルマストーブに手をかざし
給食が運ばれてくるのを待ち望んでいた。朝日に照らされた新雪は北国
ならではの汚れなき風情を感じます。そして忘却の彼方に追いやられた
記憶をも蘇えさせてくれる効果を運んでくれます・・・。face02
  


Posted by 北の旅烏 at 08:11Comments(0)追憶。

2019年11月03日

笑顔。

今日は文化の日。明日の振り替え休日を入れて3連休。会社勤めをして
いる方にとってなによりのご褒美。青空に誘われて家族で街へ繰り出し
買い物三昧する方も多いでしょうね・・・。(^^)
旅烏は毎日が休日みたいなもの。だから暇に任せてぶらり散歩や近所の
お店に出かけて夕食の買い出しが日課になっています。枯葉が舞う中を
歩くのも最初のうちは新鮮に感じますが、葉の落ちた木々はやがてくる
冬を思わせます。雪かきショベルの出番はまだ先ですが覚悟しなくちゃ
いけません。間近に迫った半年間の雪との格闘。豪雪に涙目になる日を
指折り数えて?いまから心の準備をいたしましょうか。(^^;)

階段に放置されていた?「猫バス」くんは、今では旅烏の部屋で笑顔を
振りまいています。猫バスと目が合うたび、買った当時が思い浮かんで
懐かしさがこみ上げてくる。娘がまだ幼いころ、誕生日のお祝いとして
これを買った。今はもうないデパートで偶然見かけて旅烏自身が欲しく
なったぬいぐるみ。でも当時の私にとってはあまりの値段の高さになか
なか手が出なかった。そこで思いついたのが娘のお祝いにと理由付けて
買うこと。これなら多少の無理も神様が許してくれると大枚をはたいて
買ったのです。あれから時が流れ、置く場所も気のむくままにいろいろ
変わった。でも猫バスくんの笑顔は当時と変わらず今も健在です。face02
  


Posted by 北の旅烏 at 08:00Comments(2)追憶。

2019年10月10日

飯場。

来るべきものが新聞に載った・・。
観念していたけれど、新聞の一面に掲載されるときれいと思うどころか
ため息がもれた。そして大雪山の紅葉に若かりし頃のバイト生活が思い
出され、乏しくなった記憶の底から当時の情景が断片的に浮かんできた。
紅葉
40日間の過酷な労働。ニコンの一眼レフを買うための飯場生活。毎日
寝床でインスタントコーヒーを飲みながら、メモ帳に帰る日を逆算して
いた。帰宅したのはたしか9月初旬だった筈。同じ仲間が次々と帰って
いく中、私だけが取り残されたような失望感が日増しに大きく膨らんだ。
だけど途中で帰ろうにも4キロ近くある山道を歩いて降りなくてはなら
ない。さらに中途半端で諦めたらカメラどころか後悔の念が一生付きま
とっただろう。時は流れ、そのカメラは今ではケースに置かれたままで
深い眠りについている。この季節になると若かりし頃のほろ苦い記憶が
今も鮮明に思い出される。ただし途切れとぎれだけどね。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 07:03Comments(0)追憶。

2019年02月08日

突風。

今朝の気温はマイナス二桁。やはり侮れない北国の二月・・・。
昨夜は猛吹雪が北国を襲った。身支度をすませ、雪かきの難儀さを思い
ながら外に出た。するとなんだこの冷たさは。寒いを通り越した空気の
冷え込みに思わず「ううっ!痛い」と叫んでいた。やはり侮れない二月。
温暖な日々に慣れてしまった危うさを肌で感じた朝だった。

ただ幸いなことに今日排雪業者が来る日。ぎゅっと固まった雪の塊りを
車庫の前に集め隠れ家へと向かった。部屋のストーブのメモリを上げて
暖をとる。今も時折猛吹雪になって窓外が真っ白でなにも見えやしない。
ふと思い出した子供のころ。猛烈な吹雪が収まらず、午後の授業を中断
して集団下校したことが何度かあった。その時は家に帰れるうれしさに
お昼からなにをして遊ぼうかと小躍りしたものだ。ただ記憶は断片的で
いつも同じシーンしか浮かんでこなくなった。
自転車に乗って遠出を繰り返していた頃ふと過去に住んでいた家巡りを
してみようと出かけたことがあった。生まれた家。小学生の時に住んで
いた家...。当たり前だけど当時の面影は消えてなにも残っていなかった。
ただ記憶に残っている小路やお寺はまだあり、ここで遊んだ記憶が少し
づつ蘇ってきた。受験時代に半年間住んでいた東京の南台のアパートは
今でもあるのだろうか。これから先、突風のごとく記憶が吹き飛ばされ
なければいいのですが、こればっかりはどうしようもない。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 09:12Comments(0)追憶。

2019年01月26日

飾り。

使うことがなくなったショットグラス・・・。
若かりし頃は、毎夜ススキノに出かけては飲んだっくれてクダをまいて
いた。通い始めた頃は国産のウィスキーを飲んでいたが、棚に置かれた
横文字のボトルに興味が湧き始める。マスターに聞くとこれはバーボン
だと言う。当時テレビで見ていた西部劇に出てくる一気飲みのシーンが
浮かんできた。するとマスターが「飲んでみて...」と頼みもしないのに
ショットグラスに注いで私に差し出した。アルコール度数の高い強烈な
味が喉を刺激する。と次の瞬間、ほのかに香るビートの旨味を感じ始め
これを境にバーボンを愛飲するようになった。

最初の頃はジム・ビーム。月初めで懐具合がいい時は数段値の張るIW
ハーパーになった。ただこれに馴染むと見栄っ張りの心が災いして前に
戻れないジレンマに陥ることになる。キープしたボトルの残量が少なく
なるとマスターが気を利かせてこちらから頼む前にボトルを入れてくれ
るしね。それが馴染み客の特権などと変な優越感に浸っていた気がする。
バブル全盛期のころには葉巻の味にステータスを感じながらバーボンで
酔いしれ、帰りのタクシー代に気にもとめずの毎日だった。
いま思うと図々しいのだがお店で出されたショットグラスが気に入ると
駄目元でねだってもらい受けたりもしていた。左側のショットグラスは
某ホテルで。右側は馴染みだったカフェバーの店長から強引にもらった。
あれから時が流れ、今ではキャラの住まいとなっている・・・。
  


Posted by 北の旅烏 at 10:46Comments(2)追憶。

2019年01月16日

片隅。

キッチンの隅に置いたままになっていた塩のかけら・・・。

これをもらい受けた当時の記憶が断片的すぎて何年前だったか思い出せ
なかった。とりあえず自室に持ち込み過去のノートを調べてみることに
した。確か家族して旅行に出かけたのは秋が迫る頃だったはず。8月と
9月を重点的に見ていくとすぐ見つかった。行ったのは2012年9月
中旬。場所は支笏湖のとある観光ホテル。もう6年以上も前だった。
その時夕食に出た小さいけど肉厚のステーキがびっくりするほど美味し
かったのだ。この岩塩はその肉にふりかけて食べるためのもの。小さな
すりおろし器で削り食べ始めると思わず「うわ〜なんて旨いんだ!」と
声が出るほどだった。いままで経験がない肉の柔らかさと濃厚な旨味が
口いっぱいに広がり感嘆符が止まらなかった。だからこの旅行での思い
出というと肉のことばかりでして・・・。(^^;)
世の中にこんなに美味しい肉があるのだと脳にイップットされて今日に
至っている。食事後、肉の産地を聞いたように思うのだが定かじゃない。
旅烏が経験した北海道の美味しい牛肉のイメージは白老牛なので、多分
そうじゃないかと今でも思っている。

  


Posted by 北の旅烏 at 09:14Comments(0)追憶。