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 › 北の旅烏のひとりごと。 › 追憶。

2017年01月21日

老眼。

メガネをかけるようになったのは中学生2年生の時。近眼がその理由。
けっして勉強のし過ぎではない。母親からの遺伝によるところが多い
と思っている。兄も同様近眼。妹だけは正常だった。メガネをかける
ようになって驚いたことは足元の砂がはっきりくっきりと見えたこと。
これって初めての経験で心底驚いたのである。そうか!みんなこれが
あたり前と気にも留めなく日常をおくっていたのだねと内心うらやま
しく思え、そして少しばかりの嫉妬心が生まれた。(^^;)

やがて年月が過ぎ、いまでは老眼が進行中。近視用のメガネの上から
老眼鏡をかぶせて手元を見る毎日。だからか布の端切れで裁縫をして
いる時(釣り用具の追加ポケットなど)よく針を指に刺すことが多い。
遠近両用のメガネがあるが、兄が言うには慣れるのに時間がかかると。
だからとりあえず安物の老眼鏡で間に合わせているのが現実だ。だが
わずらわしいこともあり、癇癪を起こすカテゴリーに分類するか否か、
思案中でもある。母の一周忌がすんで一息つく頃、兄からいただいた
花が枯れかかってきた。花びらが落ち始める前に片付けることにして
昨日整理した。居間のドアを開けると目にしていた花。そのたび思い
浮かぶ母の面影。おだやかに笑っている姿だけが想い起こされるのも
身勝手な旅烏の性格かもと失笑する。歳を重ねていくと過去の記憶が
断片的になって途切れがちになる。子供のころも一瞬は想い出せても
つながりが途切れ当時遊んでいた同年代の名前も思い出せない。否々、
会社努めをしていた頃の仲間の名前すら思い出せなくなってしまった。
普段使わなくなった記憶の回路がもういらないことだから...と消して
いるのだろうな。それと困ったことに今しがた考えて行動に移そうと
思った瞬間、なんだったけと不安に駆られることが増えた。段取りを
重んじる旅烏。買い物に行く場合もあれこれ道順を考え、最短距離を
いかに効率よく行けるかを考える。だから家にいても同じ行動をとる
ことが多く、それに沿っていないと己にイライラすることになる。
短気なのはこれが原因なのかもしれない。直そうにも脳に染み付いた
回路は、そうやすやす「ニュー製品だよ!お買い得」に替えることが
できない。あればいいなと思うだけでね。(^^;)老眼の話が逸れ
ました。話が脱線大事故にならないうちに終わりにしますね。face03

  


Posted by 北の旅烏 at 10:39Comments(5)追憶。想う。

2017年01月11日

厳寒。

ううっ寒い。厳寒の北国とはこのことを言うのか。耳がちぎれそうだ。

今日は終日マイナス8度前後と気温が上がらず冷凍庫状態。みかんを
外に出しておいたらカチンコチンに凍ってしまうだろうな。子供の頃
みかんを窓外の雪に突っ込んで凍らせシャーベットにして食べていた
ことがある。室内はストーブをガンガン焚いているから汗ばんでくる。
そんな時だ、思い出すのは真夏に食べていたかき氷のこと。食べたい
欲求が高まり抑えが利かなくなると、木箱に入っているみかんを数個
取り出し凍らせた。ほっておくとガチガチに凍って歯が立たなくなる。
頃合いが見計らい皮をむいて食べる。だが、早いと見えて冷たいだけ。
これでは意図した食感に程遠い。時間をおいて二つ目のみかんを取り
出し口に運ぶ。うん!これだよこれ。この歯触り。いい感じのシャリ
シャリ感に満足至極。お店に買いに行かなくても味わえる高級氷菓子。
皮をむくたび手が冷たくなるがふにゃららレストランに出てくるフル
コース後のデザートのようだ。(食べたことないけどさ。^^;)
他のみかんも雪穴から取り出しテーブルに並べ、兄弟してぱくついて
いたものだ。ただし美味しいからと食べ過ぎはご用心。お腹が冷えて
たま〜にイタタッになることもあったと思う。今度みかんを雪で凍ら
せて、昔を思い出すひと時に酔いしれましょうか・・・。  


Posted by 北の旅烏 at 08:07Comments(4)追憶。etc...

2016年12月24日

旅行。

ああ!やっちゃった。雪かきを終え玄関でダウンコートを脱いで雪を
払っていたら、ヒーターの上に置いた沖縄のお土産、シーサーを床に
落として片方の耳が(右側...)かけちゃった。とほほ。本体は幸いに
してボンドで接着すれば元に戻る。そして落ちたかけらが見つかれば
これも接着できるが、どこへ飛んだか見当たらないのです。

このシーサーは、娘の2歳の誕生日記念に沖縄に出かけた時に買った
もの。まだヨチヨチ歩きの娘がサンゴの砂浜で足裏が痛いと抱っこを
せがんだことや、夕食時に大好きなソーキーそばを食べたことなどを
懐かしく想い出します。沖縄にはそれ以前に撮影の仕事で来ています
ので、空港へ降り立ったときの生ぬるい空気が旅をしている感を強く
感じたものです。当時は家族でよく旅行をしていました・・・。
車の免許を持たない旅烏。だから車の運転はかみさん任せ。アルファ
トマムへなんども行ったっけ。朝はもっぱら「フォレスタモール」で
出来立てのパンを買って食べていました。これがとても美味しかった。
当時のレストランは超高級を売りにしていたので、ほとんど行かずに
近くのコンビニ?で調達していたように思います。宿泊はカミさんの
知り合いから頂いた低料金チケットを(確か部屋を購入した人が毎年
もらえるチケット?だったと記憶しています)よく利用していました。
他の宿泊客との値段の差が半分ほどだったと思います。だから値段の
高いレストランで食事な〜んて馬鹿らしく思えてね。行ったとしても
コース料理でなくそれぞれが食べたい一品を選んでいました。そして
朝は出来立てのパンを頬張りながら、何気に見た窓外の眺めは最高で
した。またいつの日か家族で行けたらいいなと思っています。ただし
私の出不精が消えていたら...の話ですが。(汗多。^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 09:23Comments(3)追憶。etc...

2016年12月20日

宝物。

その昔のブログにも登場したことのある国鉄時代の鉄道員用のランプ。
これも古い話なのですが、狸小路2丁目の裏手にでいいのかなの南3
条通りに面した場所にあった喫茶店「イレブン」のマスターから頂い
たものです。ジャズにのめり込んでいた頃の二十代だったと思います。
ドアを開けるとチリリンと鈴が鳴りカウンターに腰掛けタバコに火を
つける。白くゆっくりと漂う煙草の煙。通うほどに私が注文をしなく
てもお気に入りのコーヒーがカウンターに置かれるようになりました。
静かに流れるジャズの音色。苦味の効いたストレートのマンダリンを
口に含むとまるで別世界に導かれるようだった。ある日マスターから
これ欲しいならどちらかをあげるよと差し出されたのは2つの鉄道員
ランプ。二つとも気に入りなかなか決まりません。するとマスターが
苦笑いをしながら両方あげるよと。喜び勇んでアパートに帰ったのは
言うまでもありませんでした。

何度目かの引越しを繰り返し、ある時私用だったかでお世話になった
方にひとつプレゼントした。とても気に入ったようで笑顔満面。もう
ひとつのランプは隠れ家の玄関先に置きっぱなしで今日に至り、埃を
かぶっていました。昨日虫の知らせのように目に止まり自宅へと持ち
帰った。クレンザーをスポンジにつけ磨きますが、なかなかきれいに
ならない年季の入った汚れなのですね。でもあまり強く磨き過ぎては
いけないと適当なところで手を止めました。昨夜ベッドの脇に置いて
寝ましたが、見ているとその昔の自分の姿が鮮明に見えてきて、つい
苦笑することも多々。当時はいろんな意味であたりに迷惑の掛けっぱ
なしだったように思います。「後悔は先に立たず」と言いますが私の
場合は忘れっぽいのか、あまり役に立っていないようです。(^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 11:10Comments(2)追憶。etc...

2016年12月11日

幸せ。

幸せって、心の重しになる引き出しが空っぽになった時かな・・・。

あれやこれやを気づいた時に済ませておかないと、どんどん溜まって
いきますね。やがて怠惰な自分を責め始めると、いつしか堂々巡りの
スパイラルに捕まって何かのきっかけがない限り這い上がれなくなり
ます。私は過去になん度か味わったことがあります。だから落ち込む
前兆に気付くことが多かった。でもその時はすでに遅し。解決方法が
浮かばないのです。気分転換を図ろうにも常に頭から離れない事案が
重石になって後ろばかり見るようになります。

一番ひどかったのは某広告代理店に出向した時。それまでの仕事とは
違い与えられた仕事をこなすのではなく、自分で一から作りださねば
ならないポジションについた時ですね。相談できる人もいなく、営業
から渡される書類には仕上げの日付と時間だけ。他の仕事をこなしな
がら書類に目を通しても無情に時間だけが過ぎていきます。ポツンと
取り残された深夜、堂々巡りが続くとやがて、思考が止まってしまい
自分にはこの先明るい未来は無いと一人落ち込んでいました。
そんな時です、私を救ってくれたのは。一人の新人営業さんが入社し
私の部署に来てはあれこれ今日の仕事の話をしてくれたのです。あの
デザインをお得意さんが気に入ってくれたとか。こうしたいけどどう
思いますかと相談を持ちかけられたり。最初は面倒くさいなと思って
いましたが、やがて頼られることにああ!私の居場所がここにあった
...とそう思いましたその時に。
負の渦から抜け出すには他人の一言で我に帰ることがあります。また
思い切って周りの環境を変えることも大切です。私の場合は、身近に
感じられる営業さんや、家に閉じこもって嫌がる私をかみさんが連れ
出して釣りに連れてってくれたことでしょうか。なん度か行くうちに
それまでのモヤモヤが晴れてきたように感じました。数週間後太陽の
陽射しを浴びたり、草木を愛でている私がいました。この時点でもう
谷底から出ているのも同じで、後は決めたことを一つ一つ順に進めて
いけば良いのです。
思いついた些細なことでも今は後回しにせず、その時にできる範囲で
片付けています。ただ、一人で判断はできない時や時間のかかる事は
問題点をメモっています。その場で整理することでモヤモヤが見える
こともあるのですね。
こんなことを書いているのも過去の記憶をひも解くと今置かれている
現状がなんて快適なのか、と思わずにはいられないのです私の場合は。
日常において好きなことを好きなだけ時間を使うことができるのです
から。だから些細なことで機嫌を損ねる今の自分が情けなくなる時が
あります。過去形で反省ばかりしている情けない自分の頭をポカリと
叩くことも数知れず。(^^;)些細なことでも家族って良いよなと
相手を褒めることを忘れずにいたいものです。これって怒りん坊には
とても大事なこと。今回は私ごとを書き連ねましたが、何かのお役に
立てれればいいな...と思っています。でも皆さんはすでに実践されて
いることでしょうね。つまらんことを書いたかも。たはは・・。face03



  


Posted by 北の旅烏 at 09:22Comments(0)追憶。提案・疑問?

2016年12月04日

未練。

GARAMとの名のインドネシアの煙草。以前お付き合いのあったある方
からお土産にと頂いた品である。何年も前なのにパッケージを開けると
香草を思わせる強い臭いが鼻に突き刺さる。愛煙家にもそれぞれ好みが
異なり、メンソール系が好きな人もいれば強烈なニコチどばどば入れて
いるのが好きなのさと通ぶった御仁もいる。缶に入った両切りピースを
好んでくゆらしていた当時のカメラマン。フィルター付のタバコなんて
お子ちゃまなのさと言いたげに上から目線を感じたものだ。(^^;)
   ※このGARAMにはタールやニコチンの分量は明記されていない。

旅烏は何度か節煙に努めたことがある。段階的にニコチンの量を減らす
パイプ式のそれや我慢の限りを尽くしての節煙。だがどちらも数ヶ月で
元の木阿弥、徒労に終わった。今はニコチン・タールの分量が最低限の
メンソールを(短くて細いそれ)吸っている。しかもタバコの半分ほど
までくると消している。ウィスキーは禁酒を始めてから20日になった。
嗜好品のタバコとウィスキーを同時にやめるにはそれ相当の強い意志と
覚悟が必要だ。幸いにして禁酒は時間がくると口寂しいだけでそれほど
苦痛にはなっていない...と思う。うん?飲みたいんでしょと言われれば
そうよ!そうなのよ〜と言いつつグビドバ飲むかもね。(^^;)
GARAMのタバコは何年も前に封を開け、数本吸っただけで机の片隅に
置いている。捨てるにはもったいないし、気が向くと箱を開けて臭いを
嗅いでは遠き過去の郷愁に思いを馳せている。私が歳とったなと感じる
ときは同時にお付き合いのあったその方もそれ相応の年代に入った筈だ。
今は年賀状のやり取りだけなのだが、いつの日かお会いできたなら焚き
火が赤々と燃えるキャンプ場で談笑に明け暮れた日々を振り返りたいな、
と思っています。過去の記憶は、ふとした瞬間に蘇る・・・のかも。  


Posted by 北の旅烏 at 09:44Comments(0)追憶。

2016年10月27日

拾物。

昨夜、パケ袋と言うのかな?の透明の袋を落とした。中には海で拾った
小さな流木やガラス片、貝殻が入っている。なんとなく懐かしさが溢れ
袋から取り出し机の上に並べてみた。貝殻の裏に拾った日付が3年前の
望来と書かれていた。多分ここへ向かう激坂の手前の海岸で拾い集めた
ものだろう。丘を越える急な上り坂に何度もひるんだ場所。旅烏の6段
変速では到底無理な坂道だ。やがて何度目だったろうか、ここへ来る度
このままではダメだと意を決して登ったことがあった。だがすぐに息が
切れ自転車を降りて歩くことになる。それでもようやく丘を越え眼下に
広がる望来の街を目にすると達成感が湧いてきたものだ・・・。

望来の先へはまだ行ったことがない。海岸線のアップダウンが続くかと
思うだけで怯んでしまった。そして休憩が終わるとまた来るからね...と
帰路に着くのがいつものパターン。激坂も距離がそれ程なければ気力が
勝つこともある。だが登ってもなかなか下りにならないと、あっという
間に降参白旗が常だった。張碓峠越えの先にある小樽もそう。なん度も
途中で引き返していた。我が体力の限界。気力の低下。こればっかりは
如何ともし難く、ここまで来たのだからと我が心を慰めていた。
そして今年の自転車逃避行は2度だけで終わった。肩やひざ裏の筋肉の
張りに不安を覚えてから乗らなくなった。車庫内にはサビが目立つ旅烏
2号がひっそりと置かれたままである。いつもなら隠れ家に持ち込んで
汚れを取りメンテナンスしていたのだが。長年文句も言わず連れ添った
相棒。だからいつの日か必ず手入れをしようと思っています。face02  


Posted by 北の旅烏 at 07:54Comments(0)追憶。

2016年10月12日

宝物。

2年前、豊平川の川岸で貝がらの上に置かれた小さな石が数個あった。
近所の子供だろうか、気に入った石を拾い集めては置いたのだろうと
全部もらっていくのは忍びなく2つだけいただいてきたもの。私にも
経験があります。小学生の頃、川辺で貝殻の化石や金色に輝く結晶を
見つけては小躍りした記憶。家に持ち帰り図鑑で調べて空想の世界に
浸っていた。このことがきっかけだったのだろうか、釣りに出かけた
川でも必ず数個の石を持ち帰っていた。face02

また自転車逃避行で行った先で、何の変哲もない石を拾うのが習慣に
なっていた。その辺の道端に転がっていた石や無人駅の朽ちたコンク
リートの小さな瓦礫。栗山町に出かけた酒蔵ではレンガの破片などを
家に持ち帰り日付を書き込んでは行った証にしていた。自室の棚には
今も数多くの石が置いてある。手に取るとその当時の記憶が鮮やかに
よみがえってくるのです。昨夜これらの埃を拭ってきれいにしました。
まっこれも昔を懐かしがる年代になった性なのかしらん...とね。face03

昨日、手稲山に雪が降ったとニュースで流れました。やがて辺り一面
白い雪に覆われた朝が訪れようとしています。道端の街路樹も日毎に
色付き季節の流転を教えてくれます。泣いても笑っても変わりようの
ない時間だけが流れていく。ただふと立ち止まるそんな一瞬に人間で
ある証を見る思いがします。過ぎし昔。それを懐かしがる心。他愛も
ない記憶の糸が途切れないよう時々手にとっては想い出しています。  


Posted by 北の旅烏 at 09:40Comments(0)追憶。etc...

2016年10月04日

去年。

ちょうど一年前、平和の滝や石狩灯台、そして江別方面から迂回する
自転車の旅をしていた。いま思うと贅沢な悩みとでもいうか、一日の
走行距離が以前と比べ伸び悩んでいた時だ。青空が広がると無理矢理
でも行かなきゃイケんと自転車カバーを外しペダルを漕いでいた。
強めの向かい風に勝つには、その日行くと決めた場所に到達するしか
ない。帰りはうれしい追い風が待っているとそう言い聞かせ、気弱に
なる自分を鼓舞したものだ。

達成感があるから自分を褒めることができる。それが楽しみの一つに
なり次回の走行につながる原動力となる。それと真逆の挫折。これを
何度も味わうと、もう行かないになるか否何がなんでも乗り越えると
力が湧いてくるかのどちらかだ。行くと決めるには青空や微風がその
思いを強くする。疲れが出始めてもまだ見ぬ風景を思い描いて走れる
のだ。走らない日が続くと気力が低下していく。体力は年齢とともに
落ちるのは致し方ないことだが、気力の衰えは中途半端な状態に留め
置くことでさらに意欲を低下させていく。今出来ることを明日伸ばし
すると自分で自分に重しをかけているような不快感が伴う。
記憶が正しければ雨日に出かけたのは1度だけの気がする。走行中に
雨に当たったのは数回あった。風もさることながらそぼ降る雨は心の
中まで濡れた状態にする。泣き言をいう相手もいなし、ペダルを漕が
なければ帰れない。延々と続く郊外の野原。目当ての建物は遥か彼方。
いやまだ見えているだけでマシか。あの橋を渡れば、この激坂を越え
れば公園で雨をしのげるとか。頑張るにはどうしてもご褒美が必要に
なるのだ。さらに途方にくれる筆頭はタイヤのパンク。民家もなにも
ない野っ原のど真ん中でこれに遭遇することだ。最悪の時は自転車を
押して帰らねばならないのだ。それまでパンク修理をしたことがない
私は恐怖のどん底に叩き込まれたことがあった。
自転車を押しながらとぼとぼと歩く。夕暮れが迫る野っ原。後ろから
こちらに向かってくる一台の自転車を見つけ、ワラをもつかむ思いで
自転車屋さんがこの辺にないか聞いてみた。するとこの先の駅の近く
まで行くとあるらしいと。その時希望の灯が見えた気がした。ここを
通る時、お土産を買うお店の定員さんに事情を話すとわざわざそこに
連絡を入れてくれたのだ。神に仏と感謝しきり。おかげで難を逃れた
のである。でもこの日はこの後もう一つのタイヤもパンクに遭遇...と
いうおまけ付き。「なんていう日だ!」今日は厄日か。また自転車を
降り歩いて道先の大型店で機材を借りて一人で直した...うん?直した
つもりと言ったほうが当たっているかも。だから後生だから三度目の
パンクだけはしないでと神に祈りつつゆるゆるペダルを漕いでいた。
無事自宅に着いた時にはもう既に真っ暗になっていた。いろんな事が
思い出される十月。懐かしがるにはまだ早いかもしれませんが...。face03

  


Posted by 北の旅烏 at 12:20Comments(4)追憶。

2016年09月07日

洗う。

1987年7月サイパンと記されているサメの歯の骨格。埃で汚れて
いたので洗ってみた。しばらく洗剤を入れた器にこれを浸していたら
硬い骨なのにいつの間にか柔らかくなり始めていた。まるで昨日手に
した時のような驚きである。ただ歯がいまだに鋭く丁寧な洗いができ
なかったのが残念ではあった。

これを日本へ持ち帰った時、不用意につかんで指を切ったことを思い
出した。持ち上げようとつかんだ所が歯だった。激痛が走り、とほほ
状態。ただこの時は運良くスリ傷程度で済んだのですが、痛みがしば
らく続きました。サメの歯はユニークで、次から次へと奥から伸びて
くる仕掛けになっています。だから折れたり欠けても新しい歯が出て
くるのですね。あの「永遠に不滅」とはこのことを指すのでしょうか。
こんな歯があったら歯科医はいらないのかもしれませんね。face03
確かこの2ヶ月前に某代理店の所長と二人で初のサイパン旅行に出か
けています。一度行くと気が大きくなったのか?今度は一人旅。搭乗
までの時間つぶしにと免税店で買ったバーボンI.W. ハーパー12の
キャップをグラス代わりに一気飲みして、搭乗する頃には相当酔っぱ
らっていたのが懐かしい想い出。またサイパンのとあるバーに一人で
行き米兵とビリヤードをした。確か一回に50セントを賭けたように
記憶しています。全て負けましたけど。無鉄砲な性格は想い出を作る
にはいい手引書かもしれません・・・。(負け惜しみ汗?多々^^;)  


Posted by 北の旅烏 at 08:52Comments(0)追憶。